2007年 05月 28日
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しりとり小説 #5 後編
大きな弧を描き、天を駆ける巨影に向けられたのは、黒鉄の砲口だった。
赤鱗の飛竜は巨大な翼を優雅に広げ、結界の中で青い空を舞うばかり。大地を駆けるだけの緑鱗の地竜とは対照に、地上に降りてくる気配はどこにも無い。 「シュート!」 アイゼンソニアの叫びと共に、右腕の砲口が甲高い叫びを上げる。青い空に金色の直線を描き出し。 「ええいっ!」 そのまま右腕を大きく振れば。その動きのまま、光の刃は飛竜を追って蒼穹を真っ二つに切り裂いていく。 けれど、飛竜の動きは柚より迅い。やがて光条は太さと輝きを失い、空は再び飛竜だけのものとなる。 「柚! 任せなさい!」 アイゼンソニアの右腕を包む金属群が崩れ、魔法陣の中に沈むと同時。今度は葵が一歩を踏み出し、右手を天に振り上げる。 発動の声と共に、輝く左腕の古書から放たれたのは、十七の光弾だ。 直線と曲線、伸びやかな弧を描いた次瞬に鋭角軌道で方向転換。葵の意のままに動く十七の魔術弾丸は、ほんの一瞬で飛竜の動きを捉えきり、赤い鱗に集中砲火を叩き付ける。 爆光。 咆吼。 天の一角を黒煙が覆い。 その中から悠然と現われたのは、無傷の飛竜。 「……そんな、バカな」 全弾直撃の手応えはあったはず。それなのに、竜の飛翔は鈍るどころかより速さを増しているようにさえ見えた。 「防御結界か。シャレになってねえな」 魔獣は魔法そのものは使えないが、結界獣のように魔法に近い能力を使える種は存在する。目の前の飛竜も、魔法に対する強い防御結界を本能の中に得ているのだろう。 常にそれが働いている以上、モータルソニアの攻撃魔法は効果がないと見るべきだ。 「ニャウさんも結界使えますよね。何とかならないんですか?」 「俺は張る専門なんだよ。無茶言うな」 結界破りの魔法は効くかもしれないが、それは魔法使いであるモータルソニアの領分だ。結界獣の能力の限界を超えている。 「もぅ。使えないわね」 小さく呟き、葵は無造作に右手を掲げ上げた。現われたのは魔法の光弾ではなく、飛行用のホウキ。 「あ、葵ちゃんっ!」 ひょいと横掛けに腰を下ろし、はいりの言葉に応じるよりも速く舞い上がる。 「無茶するな、葵!」 蒼穹を我が物顔で翔んでいた飛竜も、自らの世界への闖入者に気付いたのだろう。先程よりも小さな旋回半径で向きを変え。 「……へっ?」 咆吼と共に放たれるのは、一直線の火炎放射。 延べ百メートルほどの直線を一瞬で焼き尽くし、何もない天空に焦熱の地獄を創り出す。 「きゃああっ!」 紅蓮の炎で巻き起こる、熱波を含んだ乱気流に、青い小さな法衣はくるくると翻弄され。 バランスを崩し、失速する。 「葵ちゃんっ!」 大地にその身を打ち据えるより迅く。葵の体を受け止めたのは、彼女より小さな赤い影。 横の動きで落下の加速を散らし、自身が下敷きになることでさらに葵の衝撃を殺す。 「ありがと、はいり」 「へへ……このくらいしか、できないから」 小さな胸元に蒼い法衣を抱きしめたまま、赤い少女は力なく、へらりと笑う。 「きゃああああっ!」 だが、次の瞬間見たものは。 「柚ちゃんっ!」 「柚!」 次弾の火炎放射を受ける、アイゼンソニアの姿だった。 目の前に広がる炎の舌は、柚には届いていなかった。 「あ……りがと、ニャウさん」 自身を中心に張られた半球の壁が、炎の侵入を防いでいるのだ。 やがて炎の蹂躙が終わり、振り向いてみれば。大地に刻まれた炎の傷跡は、半球の結界を起点にし、綺麗に二つに分かたれている。 「……二度目は無いぞ。こっちが保たん」 「はい」 吐き捨てるような呟きと共に、結界は溶けるように消滅。翼のひと打ちで高度を上げる飛竜をよそに、駆け寄ってくるのは二人の親友だ。 「柚ちゃん! 大丈夫!?」 「う、うん」 「よくやったわ、バカ猫」 「結界は……専門だからな」 そう呟いてはみるが、ニャウの小さな足は四本とも軽い震えが止まらなかった。結界世界を維持するための力も決して少なくはない。そこに強力な防御結界を張れば、体力の限界はすぐそこだ。 魔法は通じず、鋼の一撃は当たらない。 守る力も、もはや無い。 「……ねえ、ニャウ」 だからこそ、はいりはその名を口にした。 「ダメだ」 即答。 「まだ何も言って無いじゃない」 「ルナーはダメだ」 ニャウの断定に、赤い少女は口をつぐむ。 向けられた視線の鋭さは、小動物のそれではけしてない。父親や教師でさえ及ばぬそれは……。 戦士の。戦う者の瞳。 「でも……」 息を、飲む。 「でも、このままじゃみんなやられちゃう! あたし、そんなの見たくないよ!」 震えを呑み込み、そして、叫んだ。 「バカ、やめろっ!」 右手をかざし、手首を支点に軽く一振り。 「あたしに出来るのは、もうこれだけだもん!」 凛、と響き渡るのは、世界を揺らす鈴の音。 「スペルリリース! ルナーフォーム!」 赤き戦衣の表面を紫電が駆け抜け、細かなディテールが別の姿へ変わっていく。 紫に染まった右腕に疾走する雷光を束ねれば、その内から姿を見せたのは……。 「これが……」 はいりの胸元程までの長さがある、長銃身のライフルだった。銃口の下に短めのブレードが組み込まれたそれは、銃剣と呼ばれるべきだろう。 「あたしの、精霊武装」 掴み取れば、確かな重さが伝わってくる。けれど、取り扱えぬほどの重量ではない。グリップを確かにする為に必要な重さだけが、与えられている。 そう、はいりには思えた。 「やめろ! はいりっ!」 片手でくるりと一つ回し、腕一本でホールドする。 銃口の先にあるのは、思い通りに赤鱗の飛竜。 思い通りの位置にあるトリガーを、思い通りのタイミングで引き絞る。 衝撃も爆音もなく。直径一センチにも満たない弾丸は、大気を裂くような音だけを残し、飛竜に向けて飛翔する。 豆粒ほどのそれは、表面に防御結界の浮かんだ赤鱗の装甲に音もなく吸い込まれ。 「なっ!」 二十メートルの巨躯を、横殴りに吹き飛ばした。 「行ける!」 「はいりちゃん!」 「うん!」 続けざまにトリガーを絞り、はいりはライフルを連射する。 甲高い音をまとって殺到する弾丸は、赤い鱗を打ち砕き、巨大な翼を引き裂いて、硬質な角を叩き折り。 「勝てる……この力なら!」 筋を断ち、肉を穿って、骨をへし折り、髄を散らしても、弾丸の雨は降り止まぬ。 「……はいり?」 「はいり……ちゃん?」 既に飛竜は原形を留めず、弾丸の起こすノックバックだけで宙に浮いているように見えた。闇に還るより迅く、精霊武装の破壊力に無理矢理現世に引き戻される。 その状態になってなお、無尽の銃撃は止むことがない。 虐殺、でさえない。殺してなお容赦なく蹂躙するその暴虐を、何と呼ぶべきか。 「……ん、ぅっ」 あまりに一方的な光景に、柚はその場に膝を折る。 けれど、柚の嘔吐を耳にしてなお、甲高い弾丸の射撃音は止むことがない。 「ちょっとはいり! やりすぎだって!」 見かねた葵がはいりの肩を引き寄せて。 ぱしゅ、という衝撃音は、ごく至近距離から響いた。 「……え?」 ぐらりと傾ぐ葵の体が、精霊装甲の砕け散る蒼い光の中、音もなく溶け消えていく。 葵自身、何が起こったのか分からないままに。 蒼い光が消えたとき。そこに立つのは、紫の戦衣をまとうはいりだけ。 「あ……葵ちゃんっ!?」 叫んだ柚と、はいりの視線が絡み合う。 「……ひっ」 ようやく滅びの許された竜の骸を背に負って、ルナーの化身はアイゼンソニアに銃口を突き付ける。 「はいり……ちゃ……」 音もなく放たれた弾丸は、アイゼンソニアの装甲結界をあっさりと打ち貫き。 浅黄色の光の中に消えていく柚の姿にも、ルナーの化身は表情ひとつ変えることはない。 「はいり……」 そして銃口が最後に向けられたのは、その場にうずくまったままの小さな獣だった。 既に結界を維持するだけで精一杯。ニャウには爪先ひとつ動かす力さえ、残されていない。 (俺も、ここまでか……) ルナーの弾丸は全ての魔力を打ち貫く。いかに結界獣が強い結界を張れようと、彼女の前には何の意味もない。 「う……」 その時だ。 「うぁ……」 膝を折って崩れ落ちたのは、ニャウではなくてルナーのほう。 「……はいり?」 「うあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」 二人だけの結界世界に、少女の叫びが響き渡る。 ○ 最初に気付いたのは、背中に回された大きな腕と、頬を叩かれる軽い痛みだった。 「兎叶! 兎叶っ!」 うっすらと目を開ければ、そこにいるのはクラスの担任教師。地面に倒れたままの彼女を抱え、頬を叩いているらしい。 「せん……せえ……?」 見れば、周りにはクラスメイト達も集まっていた。 「いきなりいなくなったと思ったら、校庭の真ん中で倒れてたんだぞ? どうしたんだ……一体」 教師の言葉を聞き流し、視線を周りに泳がせる。 「う……」 いない。 「あ……」 いない。 「ああ……っ」 いない! 「あ…ああ…………っ!」 柚と、葵が。 自分が『撃って』『消してしまった』二人が! 周りに、いない! 「ど、どうした、兎叶!」 「いや……いやああっ! 葵ちゃん! 柚ちゃんっ! いやああああああああああああああっ!」 支えていた腕の中、いきなり暴れ出したはいりに、教師も動揺を隠せない。 「せんせえ、葵ちゃんとっ! 柚ちゃんがっ!」 二人のいない校庭に、はいりの絶叫が響きわたる。 <つづく!> ------------------------------------ しんきしんきー(挨拶) 川本さんから飛んできたしりとり小説できましたー。 みゅう、と三文字で飛んできたので(みゅ、で一文字なんだろうと思った)、とりあえずあんな感じで。 コレのコンセプトは王道ストーリー……というか、15k強で一話完結という縛りを入れてあるので(4話は若干分量オーバー気味ですが)、突飛な話はちょいと入れづらいと言うのもあったりなかったり。 次のたるはどうしようかな。 やっぱりここは退院祝いと言うことで、金星人のぶちさんにひとつお願いしたいところ。 入院レポートのついでにでも、よろしくおねがいしますー。
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| 2007-05-28 00:02
| しりとり
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