2006年 05月 26日
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しりとり小説 #1 前編
「巴里から転校してきたそうです。名前は……」
教師が黒板にチョークを走らせるより先に、その少女は悠然と一礼した。 ふわりと広がるロールした銀髪の柔らかさと、小柄で細身のしなやかさ。地味な揃いの制服も、着る者が着れば優雅な夜会服に変わるのだと、誰もが本能で理解する。 まさしくパリからやってきた、西洋人形のような娘。 「ローリ近原です」 無言の世界に、凛とした声が響く。 砂糖菓子のような外見とは対照的な少女の声に、華が丘小学校五年三組の一同は声もない。 無理もなかった。 都内ならともかく、華が丘はかろうじて市の体裁を持つ程度の地方都市。要するに田舎だ。帰国子女というだけでも目を惹く存在なのに、それが銀髪碧眼の美少女ともなれば、免疫のない小学生達には刺激が強すぎる。 柔らかい笑みでも浮かべれば少しは違ったのだろうが、少女の顔をよろうのは、周囲との交流を弾き返す冷たい表情。 さらに、次の一言が致命傷だった。 「それから、あまり友達は作る気がありませんので。よろしくお願いしなくて、構いません」 この発言をもって銀髪の転校生は、完全にクラスから孤立することになる。 たった一人を除いて。 彼女がやってきたのは、一時間目が終わった直後だった。 「ローリちゃん!」 ローリの周囲を包む硬質な空気に誰もが距離を置こうとする中。堂々と机の前にやってきて、元気良くその名を呼ぶ。 「……あなたは?」 淡い栗色の髪の上、ふわふわと二つのおさげが揺れている。声を聞かずとも、それだけで少女の性格は見て取れた。 朝礼の時にクラスの顔は一通り見渡したはずだが、記憶にない娘だ。 「兎叶はいり。出席番号は、女子の八番。あ、ローリちゃんが来たから、今はは九番だよ」 「そう。で、何?」 表情も変えずに問うローリとは対照的に、はいりは笑顔を絶やさない。 「ローリちゃん、前の学校はどこだったの?」 「巴里」 ローリがパリから来たことは朝礼で言ったはずだ。しかし、はいりは素直に驚きの表情を浮かべてみせる。 「へぇー、そうなんだぁ。パリって、イギリスの首都だっけ?」 「フランス」 「そっかぁ……。フランスって、長靴みたいな格好してるとこだよね」 「それはイタリア」 「そうだっけ……?」 はいりの中には欧州の地図が、いまひとつ描き切れていないらしい。不思議そうに首を傾げるはいりを見て、ローリははぁとため息。 「……あなた、何がしたいの?」 抑揚もなくそう問えば、今まで彼女に近寄ってきた物好きは、ほぼ総てが退散してきた。 「ん? ローリちゃんとお話したいだけ」 けれど、彼女は笑顔を絶やさぬまま。 「楽しい?」 ローリの基準でも、到底楽しいとは思えない会話だ。もし彼女がはいりの立場なら、絶対に見切りを付けるはず。 「楽しいよ?」 だが、少女は笑顔。 「あ、そう」 ローリはため息と共に立ち上がると、無言でその場を後にするのだった。 二時間目の終わりにも、彼女はやってきた。 「ローリちゃん!」 「またあなた……?」 相手などしていられないし、する気もない。 しかし、今度ははいり一人ではなかった。 黒髪を左右で結った少女と、淡い髪を短くまとめた少女の二人を連れている。 「友達を連れてきたところで、無駄だから」 会話を盛り上げる気はないし、盛り上がりたいとも思わない。 再びその場を後にしようとして……。 「三時間目、音楽だから。みんなで音楽室に案内しようと思って」 動きを止める。 時間割を見てみれば、三時間目の授業は確かに音楽だ。たて笛テスト、という注意書きまでしっかりと書いてある。 「ローリちゃん。音楽室の場所、知らないよね? みんなで行こう!」 「……ええ」 諦めと共に頷いたローリとは対照に、はいりの顔に満面の笑みが咲いたのは言うまでもなかった。 三時間目が終わった後も、彼女は当然のように一緒だった。 「ローリちゃん、すごかったねぇ!」 相変わらずの満面の笑みだ。音もなく進むローリのかたわら、倍の存在感を振りまきながら歩いている。 「大したことないわ」 「そんなことないよ! ね、柚ちゃん」 はいりの言葉に、柚と呼ばれたショートの娘も静かに首を振った。 「うん。ローリさん、すごく歌、上手いんですね」 時間割にあったように、音楽の授業はたて笛のテストだった。たて笛を持って来ていないローリは、笛の代わりにフランス語の歌をアカペラで一曲披露したのである。 ある意味、周囲の反感を買うだろう過剰なパフォーマンスだったが……それを嫌味とも取らない相手が、約一名いた。 「そう。じゃ、先に行くわね」 ため息と共に、ローリは歩みを一歩先へ。 「ローリちゃん、大丈夫?」 「行きで道は覚えたから」 追い付こうとするはいりを一言で足止めし、階段を一息に舞い降りる。どうやったのか、はいり達が階段に辿り着く頃には、銀髪の転校生の姿は見えなくなっていた。 「それにしても、はいりも物好きよねぇ。あんな子、放っておけばいいのに」 そうぼやいたのは、黒髪を左右に結った娘だ。当然ながら、彼女の口調にはローリに対する非難の色が潜んでいる。 「いいじゃん。あたし、ローリちゃんとはすっごくいいお友達になれる気がするんだ……葵ちゃんや、柚ちゃんみたいな」 呟くはいりに、柚は穏やかに微笑み、黒髪の少女……葵もやれやれと苦笑。 「私が転校してきたときも、そんな事言って。すごかったものね……」 彼女は、当然のように昼休みもやってきた。 「ローリちゃん! お弁当、一緒に食べよう!」 「遠慮します」 だが、少女の誘いにローリは即答。 「……え? なんで?」 対するはいりの答えには、たっぷり三十秒の時間がかかっていた。 「あなた……今朝、一番最初に言いましたよね? 私、友達を作る気はありませんって」 「……そうなの?」 対するはいりの答えには、やっぱり三十秒の時間がかかっていた。 弁当の包みに手を添えたまま。律儀に少女の反応を待っていたローリは、静かにため息をつく。 「ああ、ダメよ。はいりったら、あの紹介の時はぐっすり寝てたから。聞いてないの。あれ」 はいりの傍らに立ったのは、黒髪を左右で結い上げた娘。 嫌いなモノは嫌いと断ずる性分なのだろう。強い意志を秘めた視線は、こちらへの嫌悪と敵意を宿すことを隠しもしない。 「えへへー。葵ちゃんったらー」 「照れるところじゃないから、そこ」 どこか嬉しそうに笑うはいりを、葵は軽く小突く。その瞳に優しげな色があるあたり、根は悪い娘ではないのだろう。 が。 「そう」 そんなじゃれ合いを冷ややかに見届けると、ローリは席を立ち上がった。 「でしたら、もう一度言っておきます。私、この学校で友達を作る気はありませんから」 感情のない平板な言葉の羅列に、葵の表情が険しくなる。 だが、それでも首を傾げる少女がいた。 「なんで? 一人じゃ面白くないでしょ?」 はいりだ。 「何で、って……」 直球と言えばあまりに直球な問い掛けに、さしものローリも言葉を詰まらせる。 「一人なんてつまんないよ。あたしは葵ちゃんや柚ちゃんと友達になってから、学校が何倍も楽しくなったよ?」 「は、はいりちゃん……」 はいりの傍らにいる柚が、そっと照れ……ふと、その先に目が行った。 「……失礼します」 そう言いきると、ローリは弁当の包みをすいと取り上げ、無言で歩き出す。 「あ、ちょっと……」 昼食時間を兼ねた昼休みだ。思い思いに動かされた机の間をローリはすり抜け、進んでいく。そして、行く手を阻む椅子のひとつにひょいと足を引っかけた。 どんな手品を使ったか。ローリの体が床に転がるどころか、椅子がくるりと回転したではないか。 上に載っていた少年ごと。 「がぁっ!」 甲高い悲鳴と激しい転倒音が響き渡り、教室は一瞬で沈黙に覆われる。 「おいこら、てめぇっ!」 床に転がった少年が慌てて立ち上がるが、その頃には銀髪の転校生はドアの所まで辿り着いていた。 「そんなくだらない事を考えているから、足下をすくわれるのよ」 言葉と共に、ぴしゃりとドアが閉じる。 「な……」 少年は無造作に放たれたローリの言葉に、口をつぐんだまま。何を見透かされたか、ローリに反撃するどころか、追い掛ける気配すらない。 「何あれ。愛想がない上に、乱暴者? 信じられない」 無言になったクラスの意志を代弁するかのように、葵が小さく呟く。 その言葉を皮切りに、クラスも凍てつく沈黙から少しずつ元に戻っていった。 「……」 対するはいりは、ローリの出ていったドアを見つめ、無言のまま。 「はいり。あんな子放っといて、早くお弁当食べちゃいましょ。昼休みが終わっちゃう。ほら、柚も」 「そう……だね。はいりちゃん」 「う、うん……」 親友二人に促され、はいりもしぶしぶ自らの席へと戻るのだった。 <後編へつづく!>
by labcom
| 2006-05-26 23:59
| しりとり
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