2009年 02月 01日
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しりとり小説 #10 前編
<前回の話はこちら>
「どうして、大層な悪役ぶりだな。菫」 石段の向こうに三人の少女たちが消えていくのを見届けて、猫に似た小動物はやれやれとため息を一つ。 「いいんじゃない? これ以上あのコ達を巻き込むわけにもいかないでしょ」 声を掛けられた娘は、妙に大人びた猫の態度を気にすることもなく、手水舎の石垣に腰を下ろす。黒く長い髪を銀の腕環のはまった右手で軽く弄びつつ、こちらに小さくため息を一つ。 その額は、強い力を操った余韻の所為かわずかに汗ばみ、ほんのりと朱く染まっていた。 「けど、本当に良かったのか? あの三人がいれば、少しは楽になっただろうに……」 それも、単に戦いから退けただけではない。これからの戦いで娘の助けとなるはずの、三つの腕環も預けたままだ。 まだ三人の少女達が敵側の監視から逃れたわけではない。そのために必要な処置だと、分かってはいるが……。 「みんなまだ小学生よ? 資格者とはいえ、あんな小さなコ達に親友やその家族と本気で戦えってのは……キツいでしょ」 菫の気持ちも、痛いほどによく分かる。 けれど、かつてのようにフォームチェンジも出来ず、かといってその穴を埋められる味方もいない。対する敵の陣容は、以前菫が戦った時よりもはるかに厚みを増している。 当時も最悪の状況だと思っていたが……下には下があるものだと、もはや乾いた笑いすら出て来ない。 「……俺から見りゃ、お前も十分ガキなんだがな」 「何か言った?」 拗ねたような視線を向ける黒髪の少女に、猫に似た戦友は諦めたように首を振るだけだった。 長い石段を下りた先。 商店街に続く石畳の参道で、三人の少女たちは足を止めていた。 目の前にいるのは、やはり三人の女性。 「ローリ……ちゃん」 一人は親友。 「菫さんとは、もう別れたの?」 長い髪をくるりと巻いた、ロール髪の同級生。誰が選んでくれたのだろうか、薄青のワンピースが銀の髪によく映えている。 「お姉さん……おばさん………」 そして残る二人は、菫と同い年くらいの闊達そうな少女と、穏やかな笑みをたたえた玲瓏な美女。 「あら。私はリーザさんって呼んでくれないのねぇ」 おばさんと呼ばれたことに腹を立てるでもなく、美女は鈴の鳴るような声でころころと笑うだけ。 街で友達の家族と会うことなど、何も珍しくはない。 だがその光景を前にした三人の少女たちは、笑うどころか揃って身を固くし、続く言葉を紡げないまま。 「ど、どうして……」 「別に家族揃って買い物に来てても、おかしくはないでしょ?」 ようやく呟いた誰かの声に、親友の姉は悪戯っぽい笑みを浮かべてみせた。 だが。 「ついでに、ソニアの鈴も三つ……持って帰れそうだけどね」 その笑みが、不自然に歪む。 心からの笑顔ではなく、笑顔の意味を知らない何かが笑顔に似せて作ったような。見ている者に不安だけを駆り立てさせる嗤い顔へと。 「ローリ」 母親の言葉に、末の娘はわずかに一歩。 踏み出すと同時、左の腕をゆっくりとかざす。 「ローリちゃん……」 それを迎えるべき少女にあるのは、ためらいの色。 相手は親友。まだ出会ってほんの少しの時間しか過ごしていないが、これから共に楽しい時間をたくさん過ごすはずの……。 「はいり。戦いたくないと言っても良いけれど……」 躙。 振り下ろされたローリの腕から響くのは、世界を壊す鈴の音。 「こちらは、殺しに行くわよ?」 薄青から一転、漆黒のドレスに姿を変えたローリに対し。 「はいり!」 「はいりちゃん!」 左右の親友達の言葉に、はいりもためらいの色を消しきれないまま、言葉を返す。 戦う意志はなくとも、今のままでは一方的に攻められておしまいだ。同等の力を手にすれば、せめて防御する事だけは出来る。 「…………う、うん」 はいりの動きに合わせ、三人の少女は揃って右手を振り下ろす。 凜と響き渡るのは、世界を揺らす鈴の音だ。 ○ 「葵ちゃん、防御っ!」 「分かってるわ……………よ……………」 はいりに答えようとした青い法衣の少女の動きが、途端にスローモーションに。 無論そんな緩慢な動きでは、魔法どころか、防御態勢すらも間に合うはずがない。 「………きゃああああああっ!」 一足飛びで間合を詰めた黒い影の一撃に、細身の体が宙を舞う。既に時間遅延は解除されているのか、悲鳴も放物軌道も本来あるべき速度に戻っている。 「柚ちゃ…………っ………」 次に赤い戦衣の少女が声を掛けようとしたのは、浅黄の戦衣をまとうおさげの娘。 だが、今度ははいり自身の声がスロー再生を掛けられたように速度を減じ。 「え……あ…………っ! はいりちゃ……っ」 声を掛けられた柚子の両腕は無数の小さな魔法陣が浮き上がり、その内から金属片を喚び出すところ。武装を喚び出すまでのわずかな隙は、いつもならはいりか葵が護ってくれるはずなのに。 葵は石畳にその身を打ち付けられ、はいりは時間を減じられたまま。 無数の金属部品をボルトとビスが次々と固定していく中で。目の前に現れるのは、銀のロール髪をなびかせた黒い影。 かざす拳に、容赦はない。 「きゃあああああああっ!」 武装となるはずだった金属片を盛大に撒き散らしながら、小さな浅黄の戦衣が吹き飛ばされる。 「ゆ………ず……………ちゃ…………っ」 並ぶ石灯籠を三つ打ち抜いたところでようやく動きを止めて。ぐったりと崩れ落ちる柚の姿に、はいりは悲鳴を上げるが……その声さえも、以前よりも威力を増した時間減速に巻き込まれ、まともに届くことはない。 「あと一人……か。キュウキ、ここはナンクンに任せましょう」 ほんの数秒の戦闘で、立っているのはタイムプレッシャーを受けたままのはいりだけ。もはや黒い戦士・ナンクンが負ける理由が思い浮かばなかった。 「じゃ、ルナーはあたしにやらせてくれるよね? ママ!」 黒いミニドレスをふわりと揺らして愉しげに嗤うキュウキの言葉に、母親は優しく頷いてやる。 「ええ。いいわね? ナンクンも」 末娘が小さく頷いたのを見届けて。 姉は黒い翼を拡げ、大きな羽ばたきを一つ、二つ。 飛翔を始めるキュウキの姿を見届けて、母たるカオスもその場から姿を消していた。 「ロ……リ…………」 葵は石畳の上、気を失ったまま。 柚も灯籠に背を埋め、垂れた頭を上げる気配がない。 「………………ち……ゃ…………」 紡がれるはいりの言葉は、未だ速度を減じたままで。 踏み込むナンクンの動きを止める者は、誰もなく。 打ち込まれた肘を遮る者も、誰もなく。 天高く吹き飛んだブルームの体を受け止める者も。 誰も、ない。 大気を振るわす強い気配に、猫に似た生物は思わずその髭を逆立てさせていた。 「…………ンだ、こりゃ……」 空間を操る結界獣の髭は、この世界に満ちる魔法の力を鋭敏に関知する。それが逆立つほどの力など、魔法の力が強いこの華が丘でも初めてのこと。 「この気配……間違いなく、蚩尤の魂ね」 封印を施されてもなおそれだけの魔力を放つ、偉大なる最凶の力。 コスモレムリアの負の置き土産。 蚩尤の魂。 本体と分かたれ、厳重に封印されていたはずのそれが……奉じられていた近原邸から持ち出され、ついに本体の元へとやってきたのだ。 「葵の封印が解けるだけで……ここまで早くなるもんなのか」 華が丘神社に納められていた本体に施した追加の封印は、先日キュウキに破壊されたばかり。 「本体と魂の共鳴がこんなに強いなんて、誰も思わないわよ。……ニャウ!」 そのたった一つが崩れただけで、事態は二人の想定以上のペースで転がり始めていたらしい。もはや一刻の猶予もなかった。 「分かってる!」 菫が命じた時には既に世界は切り取られ、災いの全ては結界獣の内にある。 社殿で目覚めつつある蚩尤の本体と、それに刻一刻と近づいてくる蚩尤の魂。結界獣の作れる世界の隔たりなど気休めほどの効果しかないが、それでもないよりはマシだ。 「ニャウ……」 その名を呼んだ菫に掛けられるのは、人の声。 この世界に菫以外いるはずのない、人間の声。 その声が放つことが出来る存在は……結界獣の力で元の世界から切り離された、蚩尤の魂を預かる者達だけだ。 「あら。結界を張られちゃったのねぇ」 石畳に姿を見せたのは、黒いロングドレスの女と、揃いの色のミニドレスの娘。 女の口調は驚いてこそいるものの、眉の一つも動かしていない。 「ママ! 邪魔しちゃダメだからね!」 だが、女の言葉を遮るように前に出たのは、黒いミニドレスの娘。背中には既に黒い翼が広げられ、完全な戦闘態勢にある。 「ええ。存分に遊んでらっしゃい」 母の声に大きく頷き、娘の顔に浮かぶのは凄惨な笑み。周囲には殺意を含んだ凶風が渦巻き、細い娘の体をふわりと浮かび上がらせる。 「菫。ここは任せるぞ」 返された頷きを確かめることもなく、小さな結界獣は石段へと駆け出していく。 二人の女は、石段を下から昇ってきた。なら、先ほど同じ石段を降っていった三人の少女たちと、その途中で鉢合わせしたはずだ。 駆け抜けていく小動物を、黒いロングドレスの女は止めようとする気配もない。それがただの余裕なのか、既に手遅れと知っているのか。そのどちらとも判別しきれなかったが、今の結界獣には女のそれを油断と信じるほかにない。 「さて……蚩尤の下僕」 小さな獣が石段の向こうに姿を消したのを確かめて、菫は静かに右手を振り上げる。 「私はあの子達のように、手加減はしないわよ?」 世界を揺らす鈴の音を合図にして。 「上等!」 もう一つの戦いも、始まった。 穿たれた石畳の上。 周りの少女たちが動く気配はまだ、ない。 「ローリ………ちゃん………」 ようやく元のスピードを取り戻した声を感じつつ、はいりはその身をゆっくりと引き起こした。悲鳴を上げる全身を無理矢理ねじ伏せ、歯を食いしばる。 痛くはあるが、まだ動く。 少なくとも、ナンクンの一撃は致命傷には至っていないらしい。 「………まだ、立てるの」 無機的なナンクンの言葉に混じるのは、幽かな驚きの色。けれどそれも一瞬のことで、再び一歩を踏み出してくる。 次の一歩を、はいりは認識出来なかった。 感じ取れたのは、目の前に広がる一面の青空と、奇妙な振動を伴う浮遊感。 二回目の感覚だ。 即ち、時間を鈍らされた後にその身をかち上げられ、ナンクンの異能の及ぶ範囲を抜けたということ。 落下の速度ははいりが普段感じるままに。 全身を貫く衝撃がようやく全ての神経に行き渡り、受け身を取る余裕も奪われたまま、石畳に打ち付けられた。 ブルームソニアの結界服が、落下のダメージは受け止めてくれる。けれど鉄壁の防護服も、同じソニアの一撃までは防ぎきる事が出来なかった。 けれど。 「…………あなた」 再び立ち上がった少女に、黒い戦衣の娘は続く言葉を放てない。 二度の攻撃は、どちらも必殺の気合を込めて放った一撃だったはず。それを証拠に、その前に倒した二人はいまだ立ち上がる気配さえ見せずにいる。 「だって………ロ………」 はいりを包む時が鈍り、言葉は聞き取れない早さへと。 三度目の打撃も、無防備なその身へ完全な踏み込みとインパクトで叩き込まれた。 飛翔の向きは垂直ではなく、水平へ。 少女の小さな肢体は石灯籠を四つ抜け、石の大鳥居の基礎にぶつかってようやく停止。 「これで………」 石灯籠や大鳥居は、ダメージソースとしては考えていない。ただ、一撃の威力を示すバロメータと考えれば、それだけの破壊力を余波として持つ一撃は間違いなく必殺の打撃。 の、はず。 だった。 「……………どうして……!」 それでもなお立ち上がる、小さな赤い姿の前では……その言葉も過去形にしかならなかったが。 「だって……ローリちゃん……」 少女の言葉は、もはや遅くはならなかった。 その言葉の続きを最も求めているのは、他ならぬ術者自身だったから。 「………泣いてるんだもの」 放たれたルナーの銃弾を受け止めるのは、連なり渦巻く疾風の盾。 「……相性が悪いか」 ルナーの銃剣は、魔法の結界を断ち切り、撃ち貫く力を持つ。その特性を持ってすれば、ソニアの結界装甲といえど、意味を持たないはずなのだが……。 目の前の黒いミニドレスの少女が操るのは、魔力を帯びぬ純然たる風。魔力に操られるだけの大気は、魔法結界を断ち切るそれらを、力任せの風圧で受け止めるだけ。 「違うわね……」 そして広がる、黒い翼。 その周りに渦巻くのは、無数の大気の弾丸だ。 一発一発がルナーの弾丸以上の速さと、重さと、打撃力を持つ破壊の権化。当たれば嵐の如き暴風の力を解き放ち、触れるもの全てを引き裂き、打ち砕いてみせる。 「相性は、最高って言うのよ!」 全方位から放たれる嵐の弾幕は、通常の身のこなしで避ける術などありはしない。 そう。通常ならば。 「タイムコンプレッサー……」 だが、ルナーソニアの真骨頂は、その通常を越えた先にある。 「ディスチャージ!」 時の流れを圧縮し、爆発的な加速を生み出すその力。 タイムコンプレッサー。 時の流れを鈍らせるナンクンを圧倒し、一対圧倒的大多数の戦いさえ、銃剣一本で可能にする超絶の力。 それを開放すれば、全方位から迫り来る嵐を避けきることなど、造作もない。 「……来たわね」 しかし。 風を操るキュウキの唇に浮かぶのは、勝利を確信した歪んだ笑みだけだ。 <後編へつづく!>
by labcom
| 2009-02-01 23:59
| しりとり
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