2009年 02月 02日
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しりとり小説 #10 後編
「泣いて……いる………?」
少女の頬を伝うのは、熱を含んだ液体だった。 瞳から溢れ出し、そのまま止められることもなく、ゆっくりと流れ落ち続けている。 彼女に涙を流すという性質は備わっていない。肉体の反射運動でもなく、己自身の干渉でもないとすれば……。 「ローリの感情が……制御できていないの……?」 自身の踏み込みも、打撃のタイミングも、間違いなく完璧だったはず。 けれどそこにローリの意思が干渉し、呼吸を半瞬でもずらされたのであれば……必殺の一撃が必殺たり得なかったことも、理解出来る。 「あなた……ローリちゃんじゃないの……?」 そんなローリの姿をした少女の呟きを、はいりは確かに耳にしていた。 彼女が呼んだローリの名は、一人称ではなく、明らかに他人を呼ぶ時に使う調子。ならば、目の前のローリは、かつての菫と同じ……。 「私はナンクン……ローリの体を制御する、シャドウソニアの人工精霊……」 紡がれた名は、今のローリが化身した、黒衣の戦士そのものの名。 即ち、法衣に宿る人工精霊の名。 「ブルームと……同じ……? なら、なんでローリちゃんを……!」 ソニアの戦士も、その戦衣に同じく人工精霊を宿していた。ブルームソニアを護る人工精霊ブルームは、普段は赤い晶石として、ソニアの鈴、銀の腕環の中央に輝いている。 だが、ブルームは黙って力を貸してくれるだけ。はいりの意識を占有することはおろか、その意志に干渉してきた事すらもない。 その人工精霊が、ローリの心を捕らえているという。 「それが我らの使命。我らが祖、蚩尤の復活のために……」 ソニアの戦士がコスモレムリアの英知の結晶なら、シャドウソニアは蚩尤の力の落とし子だ。 ソニアはコスモレムリアのために負の遺産を封じ、シャドウソニアは蚩尤のために封じられたその身を開放しようとする。 「そんな……ひどい……」 対極となる存在であるが故に、宿る想い、本能の向きも対極に。 「それより、そちらの鈴を渡しなさい」 「イヤだ!」 伸ばされた手に叩きつけられるのは、圧倒的な拒絶の意思。 だが、その言葉の直撃を受けて、ローリの姿をしたナンクンは動きを止めた。 「理解できない。鈴を渡せば、見逃してもいいと言っているのに」 ナンクンに与えられた命令は、ソニアの鈴を回収することだ。彼女たちの命を奪うことは手段の一つであって、優先順位はさして高くない。 「あたし、ローリちゃんを助けるって決めたから!」 けれどナンクンの提案にも、はいりは首を振るばかり。 「だから、ローリちゃんの鈴はあんたなんかに渡せない! あなたをやっつけて、ローリちゃんも取り返す!」 「助ける? ……この状態で?」 既に相手は立っているのがやっとの状態だ。タイムプレッシャーを発動させる必要もない。 ほんの一歩で間合を詰めて、軽く一撃くれてやる。牽制程度の一撃だから、ローリの邪魔が入ったところで何の影響もない。 「きゃああああっ!」 その一撃で、大きく吹き飛ぶ小さなカラダ。 石畳に叩きつけられ、動かなくなる。 「理解出来ない。お前が求めるのは、何だ? ……力か? ……それとも、他の対価か?」 ローリの心を探っても、見つかるのは過去の記憶の断片や、理解出来ない感情の渦ばかり。そんながらくた同然のものに、対価に値する何かがあるとはとても思えない。 「そんなのどうでも……いい……っ」 だが、ようやく立ち上がったふらつく体は、ナンクンの口にした全てを否定する。 「あたしは、あたしがやるって決めたから……やってるだけ!」 「そこの二人も利用して?」 「り、利用なんか………」 どうやらナンクンの指摘は、はいりの痛い部分を突くことが出来たらしい。 精霊武装を使えないはいりでは、戦力的に難がある。殊にここ数戦は、倒れて動かない二人が主力になっていたはずだ。確かに命令を遂行するための駒としては、これ以上なく優秀だろう。 「利用なんか……してないよ」 だが、次にナンクンの言葉を否定したのは、はいりではなく。 「わたしが、はいりちゃんを手伝いたかったの……!」 「柚ちゃん……!」 砕け散った石灯籠の中からゆっくりと起き上がる、浅黄色の戦衣の娘。 「当たり前でしょ……」 それに続くのは、さらなる否定の言葉。 「この馬鹿に頼まれたくらいで、この私がこんな所に来ると思う?」 石畳から身を起こし。一度大きくふらつくものの、強い意志に貫かれた両足が、しっかりと大地を踏みしめる。 「葵ちゃん……!」 揺れるのは、青い法衣。 「私も私がやりたいからやってるの。はいりの事なんか関係ないわ。もちろん……あんたもね」 瞳に宿るのは、はいり以上に強い意思。 「理解……できない……」 三人の力は、けして強くない。 こちらがタイムプレッシャーを掛ければ……いや、それを使うまでもなく、十数える間に三人全てを地に伏せることも出来るだろう。 けれど彼女たちは、再び起き上がるはずだ。 納得は出来ない。 理解も出来ない。 だが必ずそうなる事だけは、人工精霊ナンクンにも容易く予想することが出来た。 「理解出来なくても、今までずっとそうやってきたんだから……仕方ないでしょ。この馬鹿は」 そう呟いて、葵は小さくため息を一つ。 「もぅ。ひどいよう、葵ちゃん」 しかし、呆れられ、侮蔑の言葉を放たれたはずなのに、当のはいりは怒る様子など見せず、ただ穏やかに笑っているだけだ。 「理解出来ない……理解……出来ない………っ!」 叫び、ナンクンは石畳を蹴って加速。 この相手は危険だ。 そう、蚩尤に埋め込まれた本能が警告を上げている。いま滅ぼしておかなければ、目の前の赤い戦衣の娘は間違いなく蚩尤に対しての脅威になると。 それだけは理解出来た。 「理解出来ないものは…………滅ぼす……っ!」 もはやタイムプレッシャーを放つ余裕もなく、立っているのがやっとのはいりに向けて拳を振り上げる。 それをまっすぐに叩きつけ。 「………な…………?」 その先にあるのは、何度も拳を打ち付けた赤い戦衣ではなかった。 黒い、魔法金属の重装甲。 そしてそれを何層にも覆う、防御結界の円環だ。 「おしゃべりが過ぎたようね! ローリの偽物!」 アイゼンソニアと、モータルソニア。 無機を操る人工精霊アイゼンの重装甲に、精神を操る人工精霊モータルの魔法防御壁。 二重の防御をもってすれば、いかなナンクンの打撃とはいえ、受け止められない道理はない。 「………なっ!」 伸びてくるのは重装の豪腕。回避しようにも、足元に浮かび上がる無数の魔法陣が、逃げることを許さない。 「こっちだって、あんたとずっと言い合いだけしてたワケじゃないのよ!」 叫ぶモータルの右手にあるのは、光り輝く魔道書だ。今この瞬間まで隠匿魔法で全ての感知の目を逃れていたそれは、主の強い意志を受け、今までにないほどの力を溢れさせている。 「柚、放すんじゃないわよ!」 それはナンクンを直接捕まえるアイゼンも同じ。 完全にホールドされた今では、いかにタイムプレッシャーを発動させて相手の動きを鈍らせようが……圧倒的なパワーとウェイトが逃げることを許さない。 「はいりちゃん!」 そして。 「く……っ!」 目の前に立つのは、赤い戦衣の小さな少女。 「あたし、ローリちゃんとも仲良くしたいの! 友達になりたいの! だから………っ!」 振り上げられるのは、拳。 アイゼンに比べればはるかに弱く。 モータルのような異能も持たない……小さな、拳。 けれどその拳を瞳に映したナンクンは、異様な感情に支配されていた。 「ふ……ん………。精霊武装も使えないあなたの拳など……」 強い言葉で自らを奮い立たせ、崩れそうになる意思をひたすらに支えようとする。 「ローリちゃんの中から………」 だが、必死で積み上げたその楼閣も、紡がれた力ある言葉、実際の動きの前には全くの無力。 体は締め付けられたように動かず、手足も小刻みに震えるだけの役しか果たさない。 「出て……」 踏み込みは拙く、体重の半分ほども力に換えられないだろう。 モーションも無駄に大きく、効率が悪い。もっとコンパクトに振り抜かなければ、ここでも凄まじいパワーロスが起きてしまうはずだ。 タイムプレッシャーを受けてはいないはずなのに、ゆっくりと迫り来る拳の一撃は……ナンクンの結界装甲の前では、毛ほどのダメージも与えられないに違いない。 ダメージなどない。 ないのだ。 ないに決まっている! 無いと言って………………誰か! 「行けぇ……っ!」 突き出された弱い拳が、ローリの胸にぽすんと当たり。 人工精霊ナンクンが断末魔の一瞬に理解したのは。 恐怖、という感情だった。 崩れ落ちたのは、嵐の結界を抜けられたキュウキではなく。 「馬鹿………な…………」 タイムコンプレッサーを起動させた、ルナーだった。 「馬鹿はアンタでしょ?」 甲高い声でけらけらと嗤いながら、黒いミニドレスの娘は倒れている紫の戦衣を蹴りつける。 石畳の上をごろりと仰向けにされたルナーは、全身を貫いた重い衝撃に体の感覚を取り戻せないまま。はぁはぁと荒い息を吐く唇の端からは、細い唾液の筋がついと流れ落ちていく。 「これさ。別に、その場ですぐ爆発するわけじゃないのよねー」 誰に語るでもなく呟いているキュウキの手に現れるのは、先ほど無数に放たれた風の弾丸、ひとつ。 ぽろりと取り落とせば……。 その先にあるのは、菫の細身の腹の上。 「……っ!」 けれどキュウキの言うとおり、それは菫の腹で微かにバウンドしただけ。先ほどのように派手に爆発するどころか、戦衣の上に留まったままだ。 風を巻いた塊だというのに、重みも衝撃も、そよ風さえも衣の上に与えない。ただわずかな風のうねりが、大気を微かに震わすだけだ。 「風の動きは世界の動き。アンタの時間加速がどこで終わるか分かってれば……」 大気の中で動きを取れば、それは全て風となる。風の全てを把握するキュウキの前では、風を起こした段階で全ての動きを把握されているも同然だ。 「後は、簡単でしょ?」 本命の一撃は、たった一発。 それ以外の全ての弾丸を目くらましにして、タイムコンプレッサーの終了地点に本命の一発を仕掛ければいい。 「ほら。こうやって……」 紫の法衣の上では、嵐の弾丸がいまだ唸りを上げたまま。 「ぼーんって。ね?」 そして、キュウキが指をぱちりと鳴らし。 限りなく無人の結界世界の中。ルナーの絶叫が、響き渡って……。 <つづく!> ------------------------------------ さてて。ぶちさんから『どう』でいただいていたしりとりです。 月末までに上げようと思いつつも途中で止まって苦戦気味でしたが、ようやく形になりました。この勢いで何とかリリレリ本編もやっつけてしまおうかと。 こちらは最終話まであと三話。だいたいの方向性は決まっているのですが、はたして上手くまとめられるかどうか……。 そいでは次の送り先ですが、『つて』で神姫まつり絶賛公開中なふりゅさんにパース!
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| 2009-02-02 00:03
| しりとり
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