2007年 11月 28日
:
しりとり小説 #6 前編
<前回の話はこちら>
痛いほどの茜色が、瞳の中へと飛び込んできた。 「ン…………」 ゆっくりと身を起こせば、小さく細い体の上から、茜色に染まったシーツがはらりとこぼれ落ちる。 「ここ……は?」 薬の入った棚に、隅に寄せられた身長計。ベッドの周りを囲む白いカーテンも、今この時間だけは夕焼けの茜に染められている。 保健室だ。 「柚ちゃん……葵ちゃん……良かった」 並ぶベッドに眠るのは、親友である葵と柚子。どちらも深い眠りに就いているのか、少女が身を起こしても目を覚ます気配はない。 そこに、声。 「ようやくお目覚めか」 半ばまで開いた窓枠に身を乗せる、猫に似た小さな姿。普段は白いそいつの姿も、夕陽を浴びて茜色だ。 もちろん、人の言葉を話す猫などいない。 いるはずがない。 「……ニャウ。あたし」 けれど少女は驚きもせず、猫の言葉に目を伏せるだけ。彼女の気分を写しているのか、頭の両サイドで結ばれた短い髪も、今は力なくだらりと下がっている。 「やめろって言った理由、分かったか」 全ての記憶は、残っていた。 葵と柚の力で倒せぬ、強大な竜のこと。 その二人を助けるどころか、役にも立たなかったこと。 ルナーの力で竜を倒したこと。 「あたし……ルナーの精霊武装で……」 そして、葵と柚を撃ったこと。 「ありゃ、精霊武装じゃねえ」 「……え?」 猫の言葉に、少女は言葉を失った。 「モータルのホウキと同じ、ただのオマケだ。……それがどういう事か、分かったか?」 「……」 続く言葉など、出るわけもない。 精霊武装すら出せず。 その状態さえ、まともに制御しきれない。 それが、彼女の力……ということなのか。 「ごめんね……」 茜色のシーツを退けて、ベッドから降りる。 木の床の冷たさが、裸足にひやりと伝わってくるが……気にすることもなく二人のもとへ。 「……ごめんね」 並ぶベッドの間に立って。もう一度そう呟いて。 眠り続ける少女たちから取り上げたのは、細い銀の円環だ。 少女の腕には、同じ意匠の腕環が二つ重ねて付けられていた。葵と柚から取り上げたリングも、黙ってそれに重ね合わせる。 「……はいり!」 腕環が一つに戻ったことを確かめて、少女はゆっくり歩み寄る。 窓へと。 「ニャウ。もう一度……結界、張ってくれる?」 保健室の窓から、外を見上げる。 向かいの校舎の屋上で、茜の光を背負って立つは……学生でも教師でもない装束をまとう、細身の姿。 「……トウテツか。くそっ」 猫に似た獣……ニャウの言葉に少女は小さく頷くと、そっと右手をかざしてみせた。 そして。 凛と、世界を変える鈴の音が鳴り響く。 「痛……っ」 少女が目覚めたとき、最初に感じたのは激痛だった。 胸元を打ち付けるような痛み。けれどそれは……意識の覚醒を促しこそすれ、生命活動を停止させる性質を持ってはいない。 「あ、柚……! 気が付いた?」 痛みをこらえて目を開けたなら、そこに映るのはこちらを心配そうに覗き込む、親友の姿。 「葵……ちゃん?」 自分と同じく、紫の戦士に撃たれ消えたはずの……親友の姿。 「葵ちゃんっ!」 感極まって、思わずしがみつく。もちろんその身は柚の腕をすり抜けたりはせず、しっかりと彼女の体を受け止めてくれていた。 「ほら、泣かないの」 いつもなら子供扱いされたとしか思わないあやすような声も、今日ばかりは嬉しくてたまらない。 「だってぇ……。死んじゃったかって……」 肌の温もりと頬の柔らかさ、優しい声と、体操服に染み付いた汗の匂い……その全てが、彼女の死を否定し、夢ではないと教えてくれている。 「ちゃんと生きてるわよ。それより柚、腕」 言われ、ようやく気が付いた。 「あれ……? 鈴が……」 葵の腕と、自分の腕。あるはずの物がそこに無いことに。 葵と並ぶもう一人の親友から託された、大切な腕環が……消えているのだ。 「これって……はいりちゃんが?」 「多分ね……」 そう呟くと同時、ガラガラと保健室の扉が開く。三人分のランドセルを両手に提げた、大柄な青年だ。 「お、やっと気が付いたか」 「先生! はいりは!」 担任教師が問うより早く、葵の声が機先を制す。 「ん? お前達の隣に寝てなかったか?」 どうやらはいりも無事だったらしい。少なくとも、保健室に運び込まれるまでは。 「はいりちゃんも、無事だったんだ……よかったぁ」 「……いいかどうかは、微妙な所だけどね。あのバカ」 はいりの性格は十分に分かっている。彼女が二人が気付くより先に目を覚ましたのなら……腕環を持ってどこかに消えたことは、想像に難くない。 出会ってたった二日の相手を親友と呼び、毎日お見舞いに行くような娘だ。葵と柚を撃ったことを、気にしないわけがない。 「それにしてもお前ら、どこ行ってたんだ?」 教師が問うよりやはり早く。 「先生! はいりの家、知ってる!?」 「お、おう?」 「はいりちゃんの家です!」 「ああ。西町の……」 問われて思わず口にしたのは、商店や看板を基準にした、現場合わせの経路図だ。 「柚、分かる?」 「うん。その辺りなら、行った事あるよ!」 その言葉に頷く事もなく、葵は体操着のままベッドから飛び降りて、保健室を飛び出した。 もちろん柚もそれに続く。 「お、おい、お前ら! 兎叶の家は……!」 教師がドアに辿り着いた頃には、既に二人は校舎を抜けて。 「先生! その話はまた今度っ!」 ギシギシという木造校舎の揺れる音だけが、彼女達の駆け抜けた余韻を残している。 空を裂き、大地を打つのは、大きくしなる鞭の音。 「……くっ!」 たったひと打ちで、木造の保健室は跡形もなく吹き飛んだ。直撃すれば、防御結界に包まれたソニアの戦衣でも無事では済まないだろう。 慌てて隣の校舎に逃げ込むが、鞭の猛威は止まらない。鉄筋校舎の一階をぶち抜けば、自重を支えることの出来なくなった校舎は連鎖的に崩れ出す。 「弱い……なんて弱いの!」 崩壊するコンクリートの雨の中、駆け抜けるのは赤い影。それをめざとく見つけ出し、トウテツは攻めの手を緩めない。 かたやはいりは逃げるだけ。相手の懐にも飛び込めず、かといって遠い間合から攻撃する手段も無いままに……無人の校舎を駆け、間合を取ることしか出来ずにいる。 「なに? 私の魔獣達は、貴方みたいなコに負けたっていうの……?」 現実世界とは隔たられた結界世界の中に、鞭が舞う。 「ハウンドも……」 職員室を吹き飛ばし。 「ハルピュイアも……」 渡り廊下を粉々にして。 「ケルベロスも……コボルトも……」 新造の鉄筋コンクリート校舎の二階と三階を、まとめて真っ二つに。衝撃の余波で貯水タンクが宙を舞い、内に貯められていた水が霧雨となって降りそそぐ。 「レイアも、レウスも!」 飛沫を切り裂く鞭の一打が、体育館と、図書室の入っている旧校舎を横殴りに曳き潰す。 「はいり、やっぱり無理だ! お前一人じゃ、こいつには……っ!」 崩れ、乱れ飛ぶ木材とコンクリート片の中を駆け抜けて、ニャウは絶叫する。 トウテツの力は圧倒に過ぎた。不完全な力しか持たないはいりだけで何とかなる相手ではない。 「大丈夫っ! あたしには、まだ……!」 身の丈ほどのコンクリート片を蹴り飛ばし、拓いた道を突き進む。 はいりは戦意を失わぬ。 右腕に鳴るのは、四つ連なるソニアの鈴だ。 「スペルリリース!」 それをひとつ、凛と鳴らし。 「ダメだ! はいりっ!」 「モータルフォーム!」 ブルームソニアの真っ赤な戦衣が、青の色へと形を変えた。 右手に現れたホウキを掴み、鞭の届かぬ空に向かって飛翔する。 だが。 「来なさい。……朱雀!」 対するトウテツの背中にも、空翔けるための紅い翼が広がるのだった。 <後編へつづく!>
by labcom
| 2007-11-28 01:40
| しりとり
|
オシゴト PCゲームのシナリオ等、テキストライティング関連のお仕事、募集しております。詳しい業務履歴はこちら。 連絡はcna☆labcom.info(☆→半角@)までお願いいたします。 マイサイト labcom.infoはリンクフリーです 押されると喜びます Twitter/ツイログ キカク(シュウリョウ) 公式掲示板 金月銀陽 ボクらは世界を救わない リリック/レリック ネコミミ冒険活劇びーわな! SS ネコミミ冒険活劇びーわな! sevenDAYS ミミカレビュー ブソウシンキ Eden Plastics Candy Meteor labo. 姫のあれ 妄想スレログ倉庫(R18) SSwiki(R18) 神姫サーチ 地方マスター板 武装紳士/淑女の※※※ 神姫CORE 武装神姫の化子ちゃん 4コマ漫画倉庫 種子Haaaan!!! Vol.12 何か作ってますよ? tie2's labo. いつまでも散財中 AW ある武装淑女の日記(*´∀`)キャッキャウフフフ 昭和外道会 RyoRIの武装神姫ガレージ 徒然の創 東杜田技研Log. 談話室シアラ 時雨の小部屋 (有)二階堂商店 白や黒って素敵だねっ Next Loop? てのひらサイズの同居人 MK-Nのあいあんふぃ~るど Princess lady blade/Garden genchanの王様の耳は・・・ つれづれ・ちか室 白いの趣味の部屋 おいでよ!ぽもきちの森 brave's freedom blog 明日香の小さなお部屋 九条和馬の神姫革命! 玉ブログ魂 Under Construction なすへちま農園 Zona Rossa まいにちいっしょ リンク 光陰矢のごとしたくまるにっき 岩枝利幸 blog - mini + cafe ささでんぶろぐ +片手間メモ帳+ 霧 幻 館 ホムラ堂 ベル・フィールド別館 酔狂ブログ(片仮名) 夢幻弐式 タグ
武装神姫(1590)
写真(1537) 文章(534) アニメ(524) 味楽る! ミミカ(299) 映画(207) その他立体モノ(206) リリック/レリック(183) ドールとか(163) ゲーム(140) 金月銀陽(117) ボクスク(112) デジモノ(104) 自転車(50) Pinky(49) Web拍手レス(49) W-ZERO3(48) マンガ・本(39) 金月銀陽Q&A(29) しりとり(27) カテゴリ
検索
記事ランキング
以前の記事
2018年 08月 2018年 06月 2017年 06月 2017年 05月 2017年 04月 2017年 03月 2017年 02月 2017年 01月 2016年 12月 2016年 11月 2016年 10月 2016年 09月 2016年 08月 2016年 07月 2016年 06月 2016年 05月 2016年 04月 2016年 03月 2016年 02月 2016年 01月 2015年 12月 2015年 11月 2015年 10月 2015年 09月 2015年 08月 2015年 07月 2015年 06月 2015年 05月 2015年 04月 2015年 03月 2015年 02月 2015年 01月 2014年 12月 2014年 11月 2014年 10月 2014年 09月 2014年 08月 2014年 07月 2014年 06月 2014年 05月 2014年 04月 2014年 03月 2014年 02月 2014年 01月 2013年 12月 2013年 11月 2013年 10月 2013年 09月 2013年 08月 2013年 07月 2013年 06月 2013年 05月 2013年 04月 2013年 03月 2013年 02月 2013年 01月 2012年 12月 2012年 11月 2012年 10月 2012年 09月 2012年 08月 2012年 07月 2012年 06月 2012年 05月 2012年 04月 2012年 03月 2012年 02月 2012年 01月 2011年 12月 2011年 11月 2011年 10月 2011年 09月 2011年 08月 2011年 07月 2011年 06月 2011年 05月 2011年 04月 2011年 03月 2011年 02月 2011年 01月 2010年 12月 2010年 11月 2010年 10月 2010年 09月 2010年 08月 2010年 07月 2010年 06月 2010年 05月 2010年 04月 2010年 03月 2010年 02月 2010年 01月 2009年 12月 2009年 11月 2009年 10月 2009年 09月 2009年 08月 2009年 07月 2009年 06月 2009年 05月 2009年 04月 2009年 03月 2009年 02月 2009年 01月 2008年 12月 2008年 11月 2008年 10月 2008年 09月 2008年 08月 2008年 07月 2008年 06月 2008年 05月 2008年 04月 2008年 03月 2008年 02月 2008年 01月 2007年 12月 2007年 11月 2007年 10月 2007年 09月 2007年 08月 2007年 07月 2007年 06月 2007年 05月 2007年 04月 2007年 03月 2007年 02月 2007年 01月 2006年 12月 2006年 11月 2006年 10月 2006年 09月 2006年 08月 2006年 07月 2006年 06月 2006年 05月 2006年 04月 2006年 03月 2006年 02月 2006年 01月 2005年 12月 2005年 11月 2005年 10月 2005年 09月 2005年 08月 2005年 07月 2005年 06月 2005年 05月 2005年 04月 2005年 03月 2005年 02月 2005年 01月 2004年 12月 2004年 11月 2004年 10月 2004年 09月 2004年 08月 2004年 07月 2004年 06月 2004年 05月 2004年 04月 2004年 03月 その他のジャンル
|
ファン申請 |
||