2006年 10月 13日
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しりとり小説 #3 後編
学校まで戻ってきた一同に掛けられたのは、鋭い男の声だった。
「はいりっ!」 けれど、肝心の男の姿は無い。 声の主は、視線のはるか下……。 「あ、ニャウ」 地面スレスレの位置にある。 「その名前で呼ぶんじゃねえ! 俺の名前はニャウムだっ!」 「……だから、ニャウでしょ?」 猫らしき獣……ニャウは苛立ちながら言い返すが、肝心のはいりは理解する様子もない。この、発音の微妙な違いが理解できるはずもないか……とニャウは肩を落とす。 「そう聞こえたよねぇ、二人とも」 だが、返事はない。 「…………」 「…………」 葵も柚子も、少女と獣のやり取りを呆然と見つめているだけだ。 「…………」 そしてニャウも、今頃になって気が付いた。 「に、にゃー」 何となく、猫の真似をしてみる。 あまり似ていなかった。 「いまさら誤魔化しても遅いですわ」 「はいりちゃん。このコが……?」 「あ……うん」 「はーいーりーっ」 二人の問いに苦笑するはいりに、ニャウは小さな目を細める。 「この事は秘密だって言ったろうがっ!」 昨晩、真剣な表情でそう言ったニャウに、はいりも真剣な表情で答えてくれたはず。 だったのだが。 「だ、だって、葵ちゃんと柚ちゃんは親友だしっ!」 「親友ならなおさら巻き込むんじゃねえ!」 「……え?」 ニャウの剣幕に押され、はいりは呆然と繰り返した。 巻き込む? 「悪い。とりあえず、お前はまた巻き込んじまったらしい」 「……まさか」 よく見れば、校庭に人がいない。 今日はスポーツ少年団の活動日で、この時間はまだ大勢の団員が野球の練習をしているはずなのに。 「また結界!?」 ニャウの視線を辿っていけば、空の向こうに黒い影。 「来る! 変身しろ、はいり!」 「う、うんっ!」 猫の言葉と共に右の拳を前に突き出し、手首を支点に軽く一振り。 凛、と響き渡るのは、世界を揺らす鈴の音。 「解放っ!」 放たれた言霊が世界の構成を書き換え、はいりのまとう制服を、赤き戦衣へと組み替えていく。 「はいりちゃん……」 「はいり……本当だったんだ」 「うん。葵ちゃんと柚ちゃんに、嘘なんかつかないよ」 にっこりと笑うのは、ブルームソニアの名を戴く、はいりのもう一つの姿。 「こいつらは俺が何とかしてやる。お前はあのハルピュイアを。モータルフォームなら、飛べるはずだ!」 「うん。スペルリリース! モータルフォーム!」 掛け声と共に赤き戦衣の表面が青く染まり、細かなディテールが別の姿へ変わっていく。 赤が青へと置き換わり、空間から現われたホウキを掴み取れば、天翔る戦士の姿がそこにはあった。 「青い……魔法使い?」 「へへ。魔法の本はないけどね」 照れくさそうに笑うはいりに、ニャウは不安げな表情を浮かべる。 「精霊武装はやっぱり出てこないか……」 モータルソニアの真骨頂は、精霊武装『モータルグリフ』を使った魔術攻撃にある。その力の前では、空を飛ぶことなどオマケのようなものだ。 「そうみたい。でも……空飛べるの、この姿だけなんでしょ?」 「ああ……」 そのオマケのような力に頼らねばならない自分達を苦々しく思いながら、ニャウは奥歯をぎりと噛む。 しかし、ハルピュイアを相手に空を飛べなければ、戦いにさえならないというのもまた事実。 「だから、行ってくるね。ニャウは二人のこと、お願い」 「ああ。任せろ」 結界獣のニャウに出来ることは、結界を張ることと、彼女を送り出す事だけなのだから。 はいりが空へと姿を消して。 「ニャウ、とか言ったわね」 後ろから掛けられたのは、気の強そうな少女の声だった。 「何だ」 「私を戦えるようにしなさい」 本気で無茶だ。 ニャウはそう思い、ぶっきらぼうに言葉を投げ返す。 「バカ言うな」 どうやらはいりとハルピュイアが接敵したらしい。直線と鋭角を連ねて駆ける小さな影と、力強い曲線を描いて飛翔する大きな影が、それぞれの軌跡を続けざまに交わらせていく。 「だって、はいりが戦ってるのよ? それにあの子、武器がないんでしょ?」 ハルピュイアの軌道は大きく、隙が多い。はいりは小回りの利く機動性で、その隙を翻弄しているようだが……。 突いた隙に加えられる一撃がない。 「あなた達の話を聞いてれば、それくらい分かるわよ。何とかできないの?」 「出来たら俺がやっている!」 「あ……」 吐き捨てるようなニャウの言葉に、葵は息を飲む。 その時だった。 「はいりちゃんっ!」 柚子の悲鳴と共に、はいりの軌道が落下運動に転じたのは。 「はいりっ!」 「はいり!」 二人の悲鳴が、柚子に続く。 「くっ!」 飛翔用のホウキを力任せにねじ込み、機首を落下方向に重ね合わせる。流れに沿ったところでそのまま加速し、機首を引き上げて戦線復帰。 「……どうしよう」 戦ってみて分かったが、モータルフォームの装甲は驚くほどに薄かった。魔法使いだから防御力に自信がないといわれればそれまでだが、肝心の魔法まで使えないのだから話にもならない。 その上、相手の動きは速く、力は強い。 「ひゃあっ!」 紙一重で爪の追撃をかわし、ホウキの推力を全開に。 距離を取っても、解決策は浮かばない。 「せめて、アイゼンフォームの拳が使えればなぁ」 しかし、打撃重視のアイゼンフォームに変われば、今度は空が飛べなくなる。空を飛べる相手には致命的だ。 ハルピュイアが迫ってきているのに気付き、慌てて加速。 しかし、いつまでもそうしているわけにもいかない。 「早くやっつけないと……」 そう思った瞬間。 「ッ!?」 打撃は、上から来た。 大地に墜ちたはいりのもとに駆けよってきたのは、守るべき友人達だった。 「はいりっ!」 「はいりちゃん!」 「バカ、出るなっ!」 少し遅れて、ニャウも走り寄ってくる。 「みんな……」 ゆっくりと立ち上がり、はいりはにっこりと笑う。 「ごめんね。すぐあいつ、やっつけるから」 ふらつく足でホウキを構え、崩れそうになる体を無理矢理にまたがらせる。 「やっつけるって……勝ち目はないんでしょ?」 こんな状態で飛んでも、結果は見えている。そもそも戦える武器がないのだから、ダメージを受けに行くだけではないか。 「でも、あたしがやらないと……」 「ああもう、見てられないわ!」 大切な友を戦場に送らないため。最後の飛翔にさせないために、葵は思わずはいりを抱きしめた。 揺れるはいりの腕の先、鈴の音が凛と鳴る。 「行かないで良いよ、はいり」 「でも……」 「勝てないんでしょ?」 「う……」 口をつぐんだはいりの言葉を継いだのは……。 「おいガキ」 「何よ、バカ猫」 はいりを抱きしめたまま、葵は答える。 「お前、何とかしたいって言ったな」 「言ったわよ」 だからといって、はいりを離す気などはない。彼女一人を死地に送り出すくらいなら、ここで一緒に死んだ方がいくらかマシだった。 天国だろうが地獄だろうが。はいり達と一緒なら、少しは楽しいはずだから。 「お前なら何とか出来るかもしれん」 「……え?」 その時だった。 「はいりちゃんっ!」 大地スレスレを飛翔するハルピュイアが、彼女達の前で巨大な爪を振り上げたのは。 「ッ!」 「はいりっ!」 空の魔獣の鋭い爪が、はいりの体を……。 貫くはずの衝撃は、いつまで経っても来なかった。 赤い戦衣で防御の姿勢を取ったまま、はいりは呆然と呟く。 「……え?」 赤い、戦衣だ。 モータルフォームの蒼い戦衣ではなく、フォームチェンジをする前の、ブルームソニアの赤い戦衣。 はいりの目の前。 蒼い戦衣を翻すのは……。 「葵……ちゃん?」 雀原葵。 はいりの、大切な親友の姿。 眼前にあるはずのハルピュイアは、今は空の彼方にある。唐突に現われた魔力の強さに、慌てて距離を取ったらしい。 「ちょっとは見直したわよ、バカ猫」 「うっさい。ガキ」 呆然としたままのはいりに親友が向けるのは、晴れやかな笑顔だ。 「あなたの力、分けてもらったわよ」 「え……?」 見れば、四つの環を連ねていたソニアの鈴が、三連になっている。 失われたリングは……。 「はいり。あなたはここで待ってて」 凛、と腕を一振りすれば、虚空から現われるのは青色の魔術書だ。ソニアの鈴をはめた腕でそれを執り、葵はホウキに横座りに。 「葵ちゃんは!?」 ホウキは少女の意志のまま、ふわりと空に舞い上がる。 「ちょっと、あいつを叩き落としてくるから」 青のソニア。 モータルソニア、出陣。 <つづく!> ------------------------------------ 最近、ものかきパワーを大変刺激される出来事の渦中にいるので(ある意味)元気一杯です。 例えるなら、毎日交流誌が来るくらいの勢いというか何というか。あの月イチの感覚も楽しかったけれど、今の強烈なライブ感も正直たまりません。物書きとして、何たる幸せ。 問題はそれが対象の文章にしかいかないことなんだけどな(ぉぃ) ま、某所の原稿も終わったし、しばらくはリハビリがてら、書きたい文章を書きたいように書くことにします。 来週からミミカさんは再放送シフトなので、Nats2の最終章はその間に書いちゃおうっと。 というわけで『ちょ』でミルさんから受け取ったしりとり、『じん』で終わりのクロニクル未読らしいあさかさんに放り投げー。
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| 2006-10-13 23:49
| しりとり
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