2006年 05月 27日
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しりとり小説 #1 後編
屋上。
鍵が掛かっているはずのそこに、静かにわだかまる姿があった。 「ローリ。新しい学校はどうだ?」 どこか突き放したような喋りをする声だ。 しかし、屋上に有る影は少女……ローリのもの一つだけ。ローリが携帯電話を持っている様子もなく、問い掛ける存在などいないはずなのに。 「いつも通りよ。ニャウ」 けれど、ローリは姿無き問いに慣れているのか、弁当を広げながらぽつぽつと答えを返していく。 「いつも通り……ねぇ。はいりだっけか? 結構振り回されてるじゃねえか。珍しい」 ニャウと呼ばれた姿無き影は、姿を見せぬままで意地悪く笑み。 「うるさいわね……。それより、ポイントは見つかったの?」 ローリはそう言いながらも、弁当の蓋を取り、中のおかずをいくつか蓋に取り分けてやる。弁当の三割ほどのおかずが乗った蓋を、コンクリートの床にことりと置いた。 「もう少し掛かりそうだ。意外にこのエリア、魔力の密度が高くてな」 すると、蓋の上に置かれたおかずが少しずつ消えていくではないか。 「そう。出来るだけ早くお願いね。まだ食べる?」 「っていうか、お前もちゃんと食えよ。体力付かねえぞ?」 まだダイエットする歳でもないだろうに……と、ニャウはぼやく。もしも姿が見えるなら、そいつはきっと首を振っているところだろう。 「分かってるわ」 「やれやれ。捜索を待つ間くらい、お前も学校生活を楽しめ……とも、言えん身だがなぁ」 本音をぼかしつつ、はぁとため息。 ローリの事情を知っている以上、ニャウとてあまり無責任なことも言えない。言う代わりに、彼の全力を尽くすしかない、といったところか。 「気にしないで。もう、慣れてるから」 半分以上のおかずを残したまま、ローリは弁当の蓋をぱたりと閉じる。もちろん、蓋の側には一片のおかずも残っていない。 「それに、私がやらなきゃならないことだもの」 「そうか……そうだな」 ローリの自らに言い聞かせるような言葉を聞いては、ニャウも静かに行動を開始するしかないのだった。 少女は、その日の帰りもやってきた。 「ローリちゃん! 一緒に帰ろう!」 はいりだ。 「あなた……」 底抜けに明るい少女の言葉に、ローリは思わず頭を抱えた。学習能力がないのかと問い詰めたいところだったが、嫌な答えが返ってきそうだったので必死に押しとどめる。 「柚ちゃんも葵ちゃんも、帰り道が反対なんだよねぇ。ローリちゃんの家はどこ?」 「西町、だけれど」 引っ越してきたばかりの街で、嘘の住所を言おうにも土地勘が無い。仕方なく、本当の住所を答えてみれば。 「やった! あたし東中村だから、途中まで一緒に帰れるね!」 はいりに広がる満面の笑み。 あまりに無邪気なその表情に、ローリは肩を落とす。 「……はぁ。言わなかったかしら? 友達を作る気は無いって」 既に無駄だと分かっていた。無駄と分かってなお、少女は抵抗してみた。 「友達も、出来たら楽しいよ」 「だから、私は……」 予想通り。 あっさりと切り返され、それ以上言葉を重ねても無駄だということを思い知らされる。 「いいからいいから。ほら、帰ろうよ」 ローリの分の鞄まで取り上げて、はいりは少女の背中を押していく。 「まったく、もぅ……」 学校の隣にある神社と公園を抜けて、わずかな市街を過ぎれば、そこにあるのは一面の田と畑だった。 華が丘が『田舎』と呼ばれる所以である。 そんな田舎も近隣都市のベッドタウンとなる構想があり、少し行けば大規模な宅地と幹線道路の工事が進められていた。この辺りの田園風景も、いずれは宅地に置き換わっていくのだろう。 「ローリちゃん」 田んぼのあぜ道を申し訳程度に均した道を歩きながら、はいりは付いてくる少女に声を掛けた。 「何?」 ローリとて別に好き好んではいりに付いてきたわけではない。このあぜ道しか、家に帰る道を知らないのだ。 明日は地図を持ってこようと心に誓うローリの心情を知ってか知らずか、はいりは言葉を続ける。 「お昼休みの時、男子の椅子を蹴り倒したじゃない」 「ええ。それがどうかした?」 別に面白くも何ともない出来事だ。ローリにとっても、正直どうでもいいことである。 「あれ、柚ちゃんにちょっかい出そうとした男子、だよね?」 その言葉に、ローリの表情がわずかに揺れた。 「……よく見てるのね」 ここは、意外というべきか。 「柚ちゃん、男子によくやられるから」 「へぇ……」 活発なはいりや強気な葵と違い、柚は大人しそうな性格に見えた。そんな彼女のクラスでの位置は、ローリの見たとおりらしい。 「もちろん、あたしと葵ちゃんで守るって決めてるから、いじめられたりしないけどね!」 麗しい友情だ。ローリに言わせれば、好きにすればいい、といったところか。 「だから、ローリちゃんも力を貸してくれると、嬉しいんだけどな」 そんなものに、自分まで巻き込もうというのか。 「……」 だが。 「ダメ?」 「……はぁ」 ため息を、ひとつ。 「ねえ、ダメ?」 ローリからの答えはない。 「だから、言ったのに……」 巻き込んだのは、ローリも同じ。 「……え?」 分譲前の宅地のようだ。幸い、人は居ない。 「下がってて。はいり」 「え……?」 はいりが驚いたのは、少女が名前で呼んでくれたことか。はたまた、 「なに、あれ……」 目の前の、黒い少女の姿にか。 「あら、珍しい。お友達かしら? ローリ」 ふわりとふくらんだスカートを揺らしつつ、黒い少女は漆黒の長い髪を優雅に風に遊ばせる。 馴染みの口調だが、その内に潜むのは、明確な悪意だ。 「……悪い?」 ローリの言葉も、はいり達に向けるものとは質が違う。 周囲を拒絶する為の言の葉ではなく、見上げる相手を威圧する為の言霊だ。 「宙に……浮いてる? それに、あれって……」 そう。 そして女は、浮いていた。 「見ない方がいいわ。気が狂うわよ」 風に舞う女の足元に澱むのは影。歪み、脈動するそこから現れ出でるのは、闇色の肌を持つ異形の獣。 魔獣だ。 「まあ、怖い」 驚く少女を庇うように立つローリを見下しながら、黒い娘はくすくすと笑うだけ。 「それにしても、もう嗅ぎつけてくるとはね……トウテツだったかしら? 蚩尤の獣使い」 「追跡の得意なコがいるの。便利でしょう」 トウテツが細い指ですいと指せば、犬の頭を持った異形がゆるりと立ち上がる。二メートルほどの巨躯を持つ、人型の魔獣だ。 「まあいいわ」 嘲りを込めた苦笑と共に。ローリは右の拳を前に突き出し、手首を支点に軽く一振り。 凛、と響き渡るのは、世界を揺らす鈴の音。 「解放!」 言霊と共に放たれるのは、淡い赤の閃光だ。 「ローリちゃん……?」 一瞬の輝きの後。 はいりの目の前に立つのは、ローリでありながら、ローリではなかった。 揃いの黒い制服は赤い戦装束へ。 提げていた黒い傘は背丈ほど有る長杖へ。 帽子も消え、銀の髪が風をはらんで悠然とうねっている。 「はいり。巻き込んでしまった以上、あなたは私が守るから……そこから、一歩も動いちゃダメよ」 が、と長杖を大地に立てれば、無数の花弁が辺りにふわりと舞い広がっていく。 桜花の結界だ。護るべき者には鉄壁の盾となり、遮るべき者には斬鉄の刃となる。 「う、うん……」 桜の結界の中。はいりはただ、呆然と頷くのみ。 「武器も持たずにどうするつもり? ブルームソニア」 ようやく地面に舞い降りたトウテツが、妖しく笑う。 彼女が率いるのは、影から生まれた異形の群れだ。その数は、既に五十を越えようとしていた。 一対五十。 完全な更地の真ん中で、戦術を仕掛ける余地はなく、ローリは足手まといを抱えた上、手持ちの武器もない。常識からすれば、消耗戦を仕掛けられて一巻の終わりの構図だ。 「そういえば……貴女は私と正面から戦うのは、初めてだったわね」 だが、その最悪の状況でさえ、ローリの顔に浮かぶのは、笑みだった。 死を覚悟した刹那の笑みでも、逃走の隙を見つけた会心の笑みでもない。 正面からぶつかり、なおかつ勝利する事を確信した、戦士の笑み。 「教えてあげる。この、ブルームソニアの戦い方を!」 凛、と鈴の音が響き渡り。 それが、戦いの合図となった。 <つづく!> ------------------------------------ はい。ブログとしては非常識な長文で何がしたかったかと言えば、単に文章が書きたかっただけ。中編しりとり小説なんかやってみたら面白いかなぁと思ってみたりしただけです。評判悪かったらやめます。 プロット通りにいけば、15k程度の分量でぼちぼちやって、1クール分全13話で完結の予定。 そんなわけで、ふりゅさんからもらった『ぱり』を、『つた』で最近日記が増えつつあるミルさんに放り投げてみたり。
by labcom
| 2006-05-27 23:59
| しりとり
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