2012年 07月 11日
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思いつき小説 第1話
というわけでまた文章ー。
なんか中長編全然書かずに短編ばっかり逃げてる気がするので、100kくらいのお話を書いてみんとす。 今回は終わってからプロットとか公開する予定です。 とりあえず全6話予定で、まず1話からー。 作業時間は登場人物作成+プロット(全話ぶんの概要プロット)が17:00頃開始~19:00くらいまで。 本編第1話作成が20:30~0:30の3.5h。チェックがそっから26:00くらいまで。 今回も作成時間は意識しつつ進めて行きますよー。 一応全部出来た後に再調整して、ページに載せ替える予定です。 ただし人外キャラ出てくるので、そういうのに免疫のない人は気を付けてね! ▼▼ 以下本編 ▼▼ 男が意識を取り戻したのは、耳に届いた雨音の所為だった。 ゆっくりと瞳を開けば、映るのは岩だらけの天井。反響して届く雨音から、どうやらここは洞窟の中らしい事が分かる。 全身が鈍い痛みに包まれているのは、何故だろうか。 自身が意識を失う前の事を思い出そうとして……。 幼い顔が視界に入る。 年の頃は十代の半ば頃か。 外から戻ってきたばかりなのだろう。しっとりと濡れた長い髪を額に貼り付かせたまま、透き通った碧い瞳で男の顔を不思議そうに覗き込んでいる。 「…………」 耳を優しく撫でる涼やかな声の意を解す気力もなかったが、それはとても気持ちの良いもので。 男はそのまま、ゆっくりと意識を手放した。 次に男が目を覚ましたのは、前の時からどれだけの時間が経ってからだったのだろうか。 岩だらけの天井は以前と変わりなかったが、外からの雨音は聞こえてこない。入口から差し込む陽光に赤の色合いが強くなっているあたり、どうやら世界はもうすぐ夜を迎えるらしい。 全身の痛みは既に引いていた。 両手両足がちゃんと揃っている事を感じながら、身を起こす。 擦り切れたコートに、継ぎの当てられた厚手のズボン。僅かな荷物の詰められたボロボロの背負い袋と腰に提げていた大鉈は、枕元に揃えて置かれていた。 首に手を伸ばせば、そこに掛けられた水晶の首飾りもそのままだ。 「……俺……は」 声も出る。聞く耳も、無事だ。 「あの時、崖から落ちて……」 そう。 男は旅の途中だった。 次の街まで行こうと、山道を歩いていて……情けなくも、雨で脆くなっていた所で足を踏み外したのだ。本来であれば崖下で無残な有様になっていた所を、親切な誰かがここまで運び込んでくれたらしい。 辺りを見回せば、洞窟の中には男以外誰も居ない。 前に目覚めた時に男を覗き込んでいた少女は、果たして幻だったのだろうか。 ふと喉の渇きを覚え、背負い袋の中から水袋を取り出した。栓を抜いて口を付け、生ぬるい水を呑み下した所で耳に届くのは……入口からの気配と、がさりという異音。 反射的に水袋を放り捨て、脇に置いた大鉈に手を伸ばす。 洞窟に踏み入ったのは、巨大な蜘蛛足。 鮮やかな黄色と黒に彩られたそれは、見えている脚の大きさだけから察するに、男の腰ほどの体高を持つ大蜘蛛だろうか。見上げるほどというには幾分か小さいが、十分にこの世界の自然の成り立ちからは外れた存在……『魔物』と呼ぶべき存在だろう。 脚の一歩を踏み入れたそれはぐいとその角度を起こし、巨大であろう本体をゆっくりと洞の入口へと押し込んでくる。 「…………」 そこで、さしもの男も息を呑んだ。 呑むしか、無かった。 「起き……タ……?」 問うたのは、あの眠りに就く前に聞いた、涼やかな声。 見つめるのは、透き通った碧い瞳。 差し込む薄赤い陽光に揺れるのは、緩やかなウェーブを描く長い髪。 元の色も分からない程に汚れたボロボロのシャツから伸びる手は、着物とは対照に過ぎるほど白く、華奢なもの。 そして。 「起きタ……!」 持っていた荷物を放り捨て。愛らしい顔を綻ばせて男に駆け寄ってきた少女がまとうのは、かさかさという異音。 それを奏でるのは、鮮やかな黄と黒に彩られた四対の脚。 ボロボロのシャツから覗く小さなおへそと線の細いお腹から繋がるのは、四対の脚を束ねる小さな胸部と、その後ろに大きく膨らんだ黄と黒の腹部。 そう。 少女の下半身は。 巨大な、蜘蛛そのものであった。 洞窟の中。 ぱちぱちと爆ぜるのは、小さな炎。 「……そうか。ここで、暮してるのか」 「ハイ」 長い蜘蛛足を器用に畳んで腰を下ろし、男に寄りかかっている少女は、男の問いに小さく頷いてみせる。 あの出会いの時。反射的に大鉈に手を伸ばした男に少女がした事は……全力で駆け寄り、力一杯抱きつく事だった。 力一杯と言っても、巨人族のような膂力ではない、細腕から想像出来る程度の力だ。そこに天使のような無邪気な笑みまで浮かべられては、まさか鉈で切り倒すわけにもいかず、男もひとときされるがままになっていた。 そして結局、彼女の運んできた薪で火を炊き、こうして二人寄り添っている。 「お父サンが死んデ、ずっと一人だったデス」 「親父さんも……」 言いかけ、男は口をつぐむ。 蜘蛛男かと、問うて良いのかどうか迷ったのだ。 この世界に多くの亜人間が暮す事は、長い旅を続けてきた男は当然知っていた。そして、半人の性質を持つ種族の中には、家族構成を聞かれる事を嫌がる種族が少なからずいることも。 初めて出会う半人半蜘蛛の彼女にとって、父親の事を問うことが失礼に当たるかどうかは……。 「お父サンは、人間デした。アナタみたいな」 「……そうか」 どうやら、失礼には当たらなかったらしい。 ぱちぱちと爆ぜる焚き火の手前。薪を削って作った即席の串を、ひょいと取り上げる。 「生肉の方が良かったか?」 刺さっているのは少女が薪と一緒に捕まえてきたウサギの肉だ。最初は生で差し出されたのだが、さすがに男は生肉を食べるわけにもいかず、こうして火に掛けていた。少女が何も言わなかったから、ついそのほとんどを炙り焼きにしてしまったのだが……。 「お父サンがいた頃は、こうしてたデス」 どうやらそれも、問題なかったらしい。 美味しそうに一本目の串を平らげていく少女の様子に息を吐き、男も自分の串を取り上げる。背負い袋に入れてあった岩塩を軽くまぶしただけだが、それなりに美味い。 久々のまともな食事に腹が鳴っているのを感じながら容易く一本を平らげると、じっと見上げている澄んだ瞳に気が付いた。 「……他のも焼けてるから、好きに食え」 「いいデスか?」 どうやら食べて良いか分からなかったらしい。少女は男の言葉に、嬉しそうに二本目の串に手を伸ばす。 洞窟の中に漂うのは、焼けた肉と、焚き火が燃え尽きた後の灰の匂い。 野宿をする時に火を絶やさない事は、旅人にとっては基本中の基本だ。狼や野犬だけではない。炎にあえて近づいてくる魔物もほとんどいないからだ。 だが彼女が言うには、ここでは焚き火を絶やしても大丈夫なのだという。 「むにゅぅ……」 男にしがみつき、両手と口元を油でべとべとにしたまま幸せそうに寝息を立てる少女を、男はじっと見下ろした。 着ている服はボロボロで、恐らくは死んだ父親が用意した物をそのまま着ているのだろう。入口から差し込む微かな月光を弾く長い薄茶の髪も、手入れされている気配はない。 肉の調理法もよく知らないあたり、父親と死別したのは、そういった事を教わる前だったのだろう。 「…………」 身を寄せる小さな体は細せていて、その振る舞いと併せて随分と幼く思えた。下半身の巨大な蜘蛛の体も、毛並みは少しちくちくしていたが、撫でれば思ったよりも柔らかく、ほんのりと暖かく感じられる。 少なくとも、助けてくれたのだから敵意のある相手ではないはずだ。もし男を食べるつもりなら、崖から落ちた時点でとっくに餌にしていただろう。 「んぅ……っ」 擦り寄せられた伸ばしっぱなしの長い髪をそっと撫でながら、男はこれからどうするべきか、考えを巡らせ始めるのだった。 翌日。 男は、昨晩少女の言った言葉の意味をようやく理解していた。 「火を絶やしても大丈夫……か。なるほど」 洞窟の出口から先には、何もなかった。 正確に言えば、出口から数歩を経た所で、何もなくなっていた。 絶壁、である。 眼下には鬱蒼と森が茂っているから、男の旅していた辺りではあるのだろうが、そこに降りるためには背負い袋に入れてあるロープだけでは足りなさすぎた。 そして垂直にそびえる高い壁を登り切るための装備は、今の男の装備の中には持ち合わせが無い。 鳥やコウモリ、翼を持つ種族ならここまで来る事も出来るだろうが、崖に翼を打ち付けて地に墜ちる危険を冒してまでこんな洞窟に取り付くメリットがあるとは思えなかった。 確かにここは難攻不落。攻め入る事はおろか、逃げ出る事すらも難しいだろう。 「…………」 青く広がる空を一瞥。首から下がる水晶の首飾りをそっと取り出し、意識を集中させる。 「…………ふむ」 だが、何も起こらない。 それは男も予想していたのだろう。納得とも諦観とも付かぬ声をひとつ漏らし、それきり無言でペンダントを胸元にしまい込む。 「起きた……デスか?」 背中でわさりという音がして並んだのは、まだ眠っていたはずの少女だった。 人間の体はほっそりとした少女だが、四対の蜘蛛足に支えられた視線の高さは巨漢の男に並ぶもの。小さな娘と目の高さを合わせて話す感覚に少しの違和感を覚えながら、男は小さくため息を吐く。 「ああ。確かにここなら、安全だな」 「はい。あ……もしかシテ、もう……」 浮かべた表情にあるのは、幼いながらもどこか寂しげな色。 「……いや。まだ旅が出来るほど癒えてはいないし。出来れば、もう少し休ませてもらいたいんだが……」 そう言って、小さな頭にポンと手を置いてみせれば。 泣き出しそうな顔は、あっという間に華やかな微笑みへと変わっていく。 「ん……」 目が覚めたのは、外からの音が聞こえたからだ。 浅い眠りを保ち、異音がすればすぐに目覚めるようになるのは、長く旅を続けてきた男の悲しい性とも言うべきものだ。 辺りに怪しい気配がない事を確かめようとして……この洞窟が、絶壁の途中にある事を思い出す。 そこで、気が付いた。 男にしがみついて眠っていたはずの、少女の姿がない事を。 「……いないのか?」 声を飛ばしても、さして深くも無い洞窟のどこからも返事は戻ってこない。 「あ、起こしましたカ?」 代わりに返ってきたのは、入口からだ。 うっすらと白み始めた空を背に、逆さまになった薄茶の長い髪が上方から降りてきた。程よい所で四対の蜘蛛足を器用に操り、体勢を立て直す。 「……上からはそうやって降りてくるのか」 「糸を使う方が早いノデ」 どうやらその辺りの動きは、間違いなく蜘蛛のそれらしい。 「こんな朝から、どうしたんだ?」 「昼間に遠出スル、人間とたくさん出会ってしまいマス。お父サンから、それダメ、言われまシタ」 ここに辿り着いて既に数日。その間に推し量った男の予想が確かなら、この崖は人里からさして離れていない所にあるはずだった。 せいぜい歩いて一日か……長くても二日。 それでもなおこの少女が人間世界から隔絶した生活を送れているのは、彼女の住処が人の手の届かない所にあるからだけではなく、そういった父親の教えが今なお生きているからなのだろう。 「じゃあ……」 人間と関わり合いを持たないように……という父親の教育方針は、男から見ても正しいと思えた。彼女達の種族に免疫を持たない人間達は、まず間違いなく彼女を魔物扱いすることだろう。 それは、穏やかな彼女にも、無知な人間達にとっても不幸なことだ。 「どうして俺は助けてくれたんだ?」 故に浮かぶのは、その問いだ。 男はこの穏やかで優しい娘の事を誰かに話すつもりはないが、それはあくまでも偶然だ。亜人種に免疫の無い人間であれば、彼女の姿を見た瞬間に刃を抜く事もあったはずだ。 だがその答えは、男にとって意外なものだった。 「お父サンに、似てたカラ」 確かに男の外見は、彼女くらいの娘がいてもおかしくはない年齢だ。それは理解している。自覚だってしているが……。 「……一応まだ、独身なんだが」 「そうだ。網に、獲物かかってたデス! あさごはん!」 どこか遠い目をしている男に少女が誇らしげに見せたのは、蜘蛛糸で縛り付けられた一匹のウサギだった。 流れるのは、柔らかな水の音。 「そうか……」 穏やかな川のせせらぎに混じるのは、男の声だ。 「ハイ……髪、洗ってもらうノモ、お父サンが死んでから……初めてデス」 男が蜘蛛の下半身を持つ少女に助けてもらって、さらに数日が過ぎていた。流石に旅を続けられるほどではないが、男も絶壁を少女に下ろしてもらい、周囲を散策出来る程度には回復している。 「んぅ……変ナ匂い……」 男の大きな手で長い髪を泡まみれにしてもらいながら、少女は両の瞳を固く瞑っていた。形の良い鼻をひくひくとさせながら、漏らしたのはそんなひと言だ。 「前の街で買った、オリーブの石鹸なんだがな。気に入らんか?」 海沿いだったその街の名産品である。たまたま市場で目に付く所に売っていたから買っただけだが、道具屋に並んでいる安石鹸と比べれば、泡立ちも匂いも随分と上等な物だと思う。 「お父サン、髪は一人で洗ってはダメ言いまシタ。せっけん、蜘蛛の体によくない」 「……そうか」 石鹸の泡に虫を放り込めば、あっという間に溺れ死んでしまう事を思い出す。さすがにこの大きさなら即死という事はないだろうが、少女の蜘蛛の体が昆虫に近い構造をしているなら気を付けるべき所なのだろう。 「水、掛けるぞ」 背負い袋から取りだした布バケツで水を汲み、蜘蛛の体に掛けないように泡を洗い流していく。水を掛ける時間の長さと冷たい感触を嫌がる少女に手間取って、意外に時間を掛けた末に……。 「……ほぅ」 出たのは、感嘆のため息だ。 「どしたデスか?」 薄茶色だと思っていた髪は、今は木々の間から差し込む陽光を弾き、甘い蜂蜜色に輝いている。一度洗っただけでこれだから、きちんと手入れをすればさらに見事な髪に変わるだろう。 男の体を洗う程度なら無駄だとばかり思っていたオリーブの石鹸だが、まさかこんな所で役立つとは思わなかった。 「見てみろ」 既に泡の流れきった水面を軽く指差せば、少女は素直に水面を覗き込む。 「ふわぁ…………すごいデス。きれいなりマシタ!」 「それと……これだ」 しまい込んだ石鹸と布バケツの代わりに背負い袋から取り出したのは、ひと束の布の塊だった。 「わぁ……ホントにいいデスか?」 少女が広げてみれば、それは男の替えのシャツである。 小柄な少女からすれば少し……いや、相当に大きいが、それでもボロ布同然の今の服よりはマシだろう。 「このくらいしか出来んからな」 崖から転がり落ちた男がここまで回復出来たのは、少女のおかげだ。金で感謝の気持ちを表した所で人間社会と縁の無い彼女では使い道がないし、そもそも男もそれほど持ち合わせがあるわけではない。 実際、これが男の精一杯なのであった。 「ありがとございマス!」 「……だからって俺の目の前で着替えるな。俺の」 それから、さらに数日が過ぎた。 「この草……打ち身に効きマスか」 少女の前に並べられたのは、辺りで取れた幾つかの薬草だ。 「ああ。で、こっちが切り傷に効くのは、前に説明したな」 ぱちぱちと爆ぜる焚き火の音を聞きながら、その一つ一つを、男は少女が理解出来るまで、丁寧に説明していく。 少女と一緒に行動している時に出来た小さな切り傷は、人間が使う薬草で癒やすことが出来た。少なくとも人間の体の部分は、男と同じ性質を持っているらしい。 「はい。あれ、すごく治りまシタ」 伸ばし放題だった蜂蜜色の髪も、今では櫛が通され、白く細い上半身をふわりと包み込んでいる。櫛は男がかつて手に入れた報酬の一つだったが、それも今は少女の物として洞窟の隅に飾られていた。 「…………それから、な」 「ハイ!」 少女の返事に混じるのは、次は何を教えてもらえるのかという期待の色だ。 男と出会ってまだ十日も経っていない。男がわずかに開けた間の意味を感じ取れるようになるほど、まだ少女は経験を積めてはいないのだ。 「明日……出ようと思う」 故に、その意味を理解するまで、少女は少しの時間を要した。 「そ……デス、か……」 男が十分な体力を取り戻していたのは、少女も薄々は感じ取っていた。けれど、それを気付きたくはなかった。 「あの、だたら、その……今夜ハ……」 紡ぐのは、要領を得ない言の葉の欠片。いつもならさらりと口に出来るそれらが、なぜか今日は出てこない。 その代わりなのか、目元に浮かんだ涙は拭っても拭っても次々と溢れ出してくる。 「ぐす……っ。……一緒に寝て、くれますカ?」 頷く男に、涙で顔をくしゃくしゃにした少女は、柔らかく微笑んでみせるのだった。 入口から射し込むのは、穏やかな月の光。 「……起きて、マスか?」 胸元に掛かる僅かな重みから漏れたのは、微かな言葉。 少女の問いに、男からの答えは無い。けれど、小さな頭を撫でる優しく大きな手が、問いの続きを促してくれる。 「あなたは……どうして、旅してるデスか?」 あの日、初めて出会った時。 男が踏み外した崖の道は、旅人など滅多に通らない道だった。故に少女も、人に出会わないルートだからと昼間から出歩いていたのだが……。 「人を……探してる」 少しの沈黙の後に返ってきたのは、そんな短い言葉だった。 「人……」 撫でる手は、頭から細い背中を伝い、蜘蛛の体の付け根へと。優しく大きな手に懐かしいものを感じながら、少女は男の手に身を委ねたまま、耳を傾ける。 「ずっと昔、そいつに酷い事をしてしまってな。何とか探して、謝ろうと思ってる」 蜘蛛の体を撫でる手とは反対の手で、男が胸元から取り出したのは、小さな水晶の首飾り。それは月の光を受けて、少女の碧く澄んだ瞳のように穏やかな輝きをたゆたわせている。 「そのために新しい魔法も覚えて、こいつを手に入れたんだが……」 「魔法……魔法使い、デスか?」 そこで男の口から出てきたのは、少女が思いもしない単語だった。 「お父サンから聞いた魔法使いハ……」 もっと小さくて、細くて、しわしわで。 実物を見た事はないが、塔や城というものの奥で、大きな鍋をかき混ぜているのだと。 「俺は例外だよ。誰からも魔法使いには見えないって言われる」 少女の反応は、男がいつも受ける反応と全く同じものだった。けれどそれが、何も知らずに山中で暮していた少女の反応としては意外で、男はついつい顔を綻ばせてしまう。 「こいつがあれば、すぐに謝りに行けるはずだったんだがな……」 呟きに応じるように揺れるのは、水晶の首飾り。 「その人に謝ったら……戻てきてくれマスか?」 そんな男の視線を遮るように、少女は蜂蜜色の髪を揺らして男の体にしがみついてくる。 「わたし、あなたに、ずっと一緒にいて欲しデス」 その姿が余りに愛おしくて。 「そうだな……そうなったら、いいな」 男は伸ばした両の手で、少女を蜘蛛の体ごと、そっと抱き寄せるのだった。 翌朝。 断崖をゆっくりと降りてくるのは、蜘蛛糸を伸ばした巨大な蜘蛛の体。 最初に両足で降り立ったのは、旅装を整えた男の足だ。 「本当に助かった。ありがとうな」 「ここから日の昇るほう行けバ、街ありマス」 それは、男が予想していた通りの向きだった。四対の足と糸を扱う蜘蛛の移動力は人間の参考にならないから聞かなかったが、それほど遠くは無いはずだ。 「ホントに……ホントに、帰ってきて下サイね」 男の巨躯に名残惜しげに抱きついてくる逆さまの体を優しく抱き返し……やがて、二人はそっと互いの手を離す。 「じゃあ……またな」 それは、彼が長い長い旅の中でした、初めての約束。 そしてそれが、この旅でした、男の最後の約束となる。
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| 2012-07-11 23:01
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